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先日、第30回三重上肢外科研究会が開催され出席しました。 特別講演Ⅰは「野球肘の診断と治療・予防」で講師は行岡病院整形外科副院長正富隆先生でした。 正富隆先生は大阪大学整形外科、大阪厚生年金病院などで勤務してこられ、現在行岡病院手の外科センター長を務められる手の外科、上肢外科のスペシャリストです。正富隆先生は阪神タイガースのチームドクターも勤めておられ、阪神タイガース選手の治療にもあたっておられます。 サッカー人気に少し押され気味とはいえ、野球はまだまだ日本では最も人気のあるスポーツであり注目も集めます。最近のメジャーリーグでの様々な日本選手の活躍も誇らしい限りですね。しかしながら野球の場合は肩や肘に負担がかかりすぎてしまい、傷害を起こしてしまったり競技を断念せざるを得ないケースもあります。今回、野球選手の治療経験豊富な正富隆先生の講演は大変勉強になり、今後の臨床に活かしていきたいと思いました。 野球肘といいますと、投げ過ぎ(オーバーユース)と捉えがちですが、正富隆先生によりますと普段の投球でストレス過剰になっている、すなわちフォームの悪い投げ方であったりコンディション低下などが原因であるということです。確かに同じように投げていても傷害を起こす選手と起こさない選手がいます。また傷害を起こした選手が靭帯再建術などの手術治療を受けた場合でも、他の部位(膝関節など)の治療に比べて長期間要することが多いのは、フォームやコンディション低下などの問題を克服できずに同じ部位を痛めてしまうことが多いからだそうです。 野球肘には内側型、外側型、後方型などありますが、内側型と外側型は肘外反力、後方型は伸展力がかかることにより生じます。肘関節にとって投球動作による外反ストレスは非生理的運動になります。 診察においては圧痛部位を丹念に観察する必要があり、内側型では内上顆障害、内側側副靱帯損傷、回内筋付着部炎などの鑑別が重要です。正富隆先生によりますと離断性骨軟骨炎が単独で生じることはむしろ少なく、靱帯損傷を伴っている場合が多いそうです。 徒手検査で外反ストレステストではMoving valgus stress test、Milking testなどが有用ですが、疼痛の誘発と共に脱臼不安感の出現がポイントであるそうです。 肘内側側副靭帯損傷では1974年にメジャーリーガーのトミー・ジョン投手が、フランク・ジョーブ医師による肘内側側副靭帯再建術を受けて見事に復帰してから既に40年が経過しましたが、これまでに100名以上のメジャーリーガーがこの手術を受けているそうです。日本球界でも1983年に村田兆治投手がフランク・ジョーブ医師の手術を受けて復活を果たし、今までに30人以上の日本人選手もアメリカで手術を受けているそうです。正富隆先生は肘内側側副靭帯のIsometric fiberに注目し肘内側側副靭帯再建術における内側上顆の骨孔の位置に工夫を凝らし、良好な治療成績をあげておられるようです。しかしながら正富隆先生は手術治療に至るまでの保存治療の重要性、手術治療の適応を十分に検討することを強調しておられました。 後方型は伸展力による肘の傷害でインピンジメント、肘頭疲労骨折、骨端線閉鎖不全などがあり、肩関節後方タイトネスと肩甲骨の動きが影響するそうです。正富隆先生は肩関節後方ストレッチの重要性を強調しておられました。 正富隆先生は野球肘に対して、休めることを指示しておくだけ、あるいは手術するだけでは不十分であると指摘されます。コンディションやフォームを改善するリハビリテーションを行うことにより、手術回避、早期復帰、再発防止に繋げることが重要です。正富隆先生によりますと野球肘を診るときには肘だけでなく肩、さらに体幹、下半身にも注目することが重要です。 実は、正富隆先生は大阪府立天王寺高校ラグビー部出身で私の2年先輩になります。私が高校1年生の時には、高校日本代表選手であった一井主将とともに正富隆先輩はFWリーダーとしてチームの中心選手として活躍しておられました。偉大な先輩の講演を聴くことができまして、大変感激いたしました。 |

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5月23日の産経新聞夕刊に作家円城塔氏のコラムに“盛り上げよう「ラグビー」W杯”というエッセイが掲載されました。 皆様、ご覧になってどのように感じられましたか? ラグビーをあまり知らない方、興味のない方は、「ふーん。そうなん?」というくらいの感想なのでしょうか?? ラグビー関係者、ラグビー愛好者にとっては、なかなか手厳しいご意見だと感じられるでしょうね。 でも多くの一般の方の受け止め方は、せいぜいこれくらいなのかもしれませんね。注目してくれるだけ、まだましなのかなとも思われます。 ラグビー好きな人なら馬鹿なことを言っているな、などと思わず、重く受け止めるべきなのでは?と思ってしまいました。 |

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先日、慢性疼痛に関する講演会が開催されました。講演1は「慢性腰痛に関するオピオイドの使用成績」で講師は独立行政法人国立長寿医療研究センター整形外科医長酒井義人先生でした。 国立長寿医療研究センターは愛知県にあり、老化のメカニズムや認知症、骨粗鬆症、口腔歯科疾患などの治療、予防法の開発をし、高齢者の自立支援、QOLの向上のための研究など幅広く取り組んでいるそうです。また血液、尿、体の組織などの生体材料、検査データなどの医療情報を収集して多くの研究者に広く分配し様々な病気の研究に活用する「バイオバンク」というシステムを運用しているそうです。 酒井義人先生は整形外科、脊椎外科医長、骨粗鬆症科医長として診療にあたられており、慢性腰痛に対する治療経験を紹介されました。疼痛は侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛、混合性疼痛などに分類されますが、明確な区分は難しいと思われます。神経障害性疼痛診断ツールとしてPain DETECTなどがありますが、混合性疼痛もあり評価が困難な場合も多いかと思われます。酒井義人先生は豊富なデータから神経障害性疼痛は若年者に多い傾向があることを示されました。また腰部脊柱管狭窄症に合併する腰痛が多いことを指摘され、神経除圧のみで腰痛が改善する症例が多いことを報告されました。腰痛性間欠性跛行の症例に対して多裂筋の筋電図、筋音図を用いて評価しておられます。腰痛性間欠性跛行と動作性腰痛においては腰痛と下肢痛のLaterality一致率が、腰痛性間欠性跛行の方が高いことを指摘されました。 慢性腰痛に対して、初期にはNSAIDs、アセトアミノフェンを使用する場合が多いですが、最近はプレガバリン、トラマドールが有効である場合が多いことが報告されています。酒井義人先生によりますと、慢性腰痛に対して代表的なNSAIDs投与4週間行って無効であった症例に対して、プレガバリン、トラマドールそれぞれ投与したところ共に高率に有効であったそうです。効果発現までの期間はトラマドールの方が少し短かったようです。プレガバリンは神経障害性疼痛に対する薬です。トラマドールは侵害受容性疼痛に対してより有効であり、効果発現も速いという特徴があるようです。下肢症状のある腰痛、歩行時腰痛にはプレガバリンがより有効で、下肢症状のない腰痛、動作時の腰痛にはトラマドールがより有効であるという使い分けを示して下さいました。 高齢者にはアセトアミノフェンが第1選択になりますが、アセトアミノフェンではADLの改善は見込みにくいが、トラマドールではADLの改善効果もあるようです。また高齢者で腎機能低下、肝機能低下を認めていても、プレガバリン、トラマドール共に注意しつつ投与可能であるということでした。酒井義人先生の講演は具体的でわかりやすく、大変ためになりました。 講演2は「慢性疼痛治療に対する疼痛治療薬処方のコツ」で講師は浜松医科大学麻酔科・ペインクリニック科准教授五十嵐寛先生でした。 整形外科外来に来られる患者様の多くは痛みを主訴として受診されますが、痛み治療の一番の専門家はというと、ペインクリニックになります。痛みの治療で経験豊富なペインクリニックの五十嵐寛先生の講演は、とても参考になるものでした。 疼痛に対してよく使用されるアセトアミノフェンは最大投与量が1回1000mg、1日4000mgまで引き上げられました。アメリカでは疼痛に対してアセトアミノフェンが第一選択になりますが、鎮痛効果はトラマドールの方が優るようです。弱オピオイドであるトラマドールでは依存性は極めて低いということでした。五十嵐寛先生は自身の治療体験も披露して下さり、また多施設で治療不能であった症例などの紹介患者を数多く治療されており、大変勉強になることが多かったです。 |

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6月23日にIRB(国際ラグビーボード)の世界ランキングで、10位に浮上したことが発表されました。サモア、イタリアなど強豪国に勝利したことが評価されたようです。 日本代表エディー・ジョーンズヘッドコーチは「世界トップ10入り」を目標に掲げてきましたから、来年のワールドカップに向けて順調に強化が進んでいるように思われます。代表選手たちの努力が伺えますね。 これは歴史的快挙だと思いますが…。 ああ、もっと話題になって欲しい。 |

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先日、第53回伊賀地区整形外科懇話会が開催され出席しました。特別講演は「肩鎖関節脱臼の診断と治療」で講師は社会医療法人峰和会 鈴鹿回生病院整形外科診療部長森田哲正先生でした。森田哲正先生は、手の外科のスペシャリストとしてご高名ですが、今回は肩鎖関節脱臼についてのご講演で興味深く聴かせて頂きました。 肩鎖関節脱臼はスポーツの現場において、比較的多い外傷です。受傷機転は直達外力によることが多く、上肢内転位にて肩から落ちたときに発生することが多いです。肩鎖関節脱臼は脱臼の程度が軽度であれば保存的に治療し、高度であっても年齢や社会的状況を考慮して必ずしも手術治療を選択しないというように、他の関節脱臼と比べ治療の選択などにおいて特徴的な脱臼です。 森田哲正先生によりますと、肩鎖関節脱臼に重要な役割を果たす軟部組織は肩鎖靱帯、烏口上腕靱帯(菱形靱帯、円錐靱帯)、僧帽筋、三角筋、関節円板などが代表的で、肩鎖靱帯は鎖骨の前後方向への動きを主に制動し、円錐靱帯は鎖骨の上方への動きを主に制動するそうです。 肩鎖関節脱臼の理学検査としては種々報告されていますが、鎖骨遠位端を押すと遠位端が沈み込む浮動感を感じる”Piano key phenomenon”や自動または他動で水平内転し肩鎖関節の疼痛を評価する水平内転テストが代表的です。X線検査はX線を尾側から頭側に10度振ったZanca viewが有用です。 分類はRockwood分類によりますと、TypeⅠは肩鎖関節の捻挫、鎖骨の脱臼は認めない、TypeⅡは肩鎖関節・烏口鎖骨靱帯の部分断裂、肩鎖関節の亜脱臼、TypeⅢは肩鎖関節・烏口鎖骨靱帯の完全断裂、肩鎖関節の脱臼、正常の烏口突起鎖骨間距離の25%~100%、TypeⅣは鎖骨の後方脱臼、TypeⅤは正常の烏口突起鎖骨間距離の2倍以上の転位のある著明な上方脱臼、TypeⅥは鎖骨の下方脱臼、となります。 治療はTypeⅠ、Ⅱは保存治療になります。三角巾固定、アイシング、NSAIDs投与など行い、TypeⅠでは2週間後のスポーツ復帰を、TypeⅡでは6週間後のスポーツ復帰を目指します。TypeⅣ、Ⅴ、Ⅵでは三角筋、僧帽筋も含めて破綻しており手術治療の選択となります。TypeⅢは今でも治療の選択で保存治療か手術治療か議論の分かれるところです。保存治療と手術治療では同等の成績が得られているそうです。森田哲正先生はスポーツ選手ではオーバーヘッドスポーツでは原則的に手術治療を選択するが、早期復帰を希望する場合には保存治療を選択するということでした。森田哲正先生によりますと治療方針決定には、就労内容(重労働か軽作業か)、スポーツ活動、性別、年齢などを考慮し50歳以上には原則的に保存治療を選択されるそうです。 肩鎖関節脱臼の手術治療方法は数多く報告されています。今のところ絶対的な標準手術治療は無いようです。手術治療の術後の問題点として、再脱臼率(亜脱臼)の高さがあるようです。森田哲正先生はCadenat法に工夫を加えて、術後の亜脱臼率を抑制する試みを紹介して下さいました。術後のリハビリテーションにも工夫を凝らして、早期復帰と合併症率の低下を両立させる成績を得ておられているそうです。 |
