先日、名賀医師会におきまして小児救急医療講習会が開催されました。演題は「子どもの風邪~新しい風邪診療を目指して~」で講師は涼楓会にしむら小児科理事長西村龍夫先生でした。 西村龍夫先生は1998年に大阪府柏原市でにしむら小児科を開院され、薬に頼らない医療を実践され地域医療に幅広く活躍しておられます。今回、西村龍夫先生は「子どもの風邪」という小児科領域では最も多い疾患に対する新しい考え方の診療を紹介してくださいました。 風邪は誰でも罹患するものなのですが、風邪とは何か?と問われると人それぞれ違った認識を持っていたりするものだと思われます。西村龍夫先生によりますと、小児呼吸器感染症診療ガイドラインには普通感冒の定義として「鼻汁と鼻閉が主症状のウイルス性疾患で、筋肉痛などの全身症状がなく、熱はないか、あっても軽度のものを指す。鼻炎と言われるが、より正確には鼻副鼻腔炎(rhinosinusitis)である。軽度の発熱とは、概ね38.5℃未満と解釈される。」とされているそうです。西村龍夫先生によりますと、この定義はプライマリ・ケアの風邪診療の実情には合わないということです。つまり風邪は多くの疾患概念を含み、「風邪」という単独のカテゴリーに分けられるものではないということです。また日本では諸外国と比較して、プライマリ・ケアで多くの軽症の呼吸器感染疾患者が来院するために、最初に「風邪」と診断することが困難であることが多いそうです。この点に関して西村龍夫先生は日本の医療制度の特徴がフリーアクセスであることが影響していると指摘されます。子どもの健康の国際的な指標である乳児死亡率は世界最低レベルになっている一方で、少子化や核家族化で子育てのノウハウを知らない保護者が増え、子どもの健康への不安感が逆に増加している状態にあるそうです。保護者は安全、安心を求めて、症状があればすぐに受診する傾向にあり、受診料の自己負担額が低く抑えられていることもあり日本の子どもの受診率は世界で最も高く、欧米の数倍から10倍にも達するそうです。この日本のフリーアクセスである制度は、患者へのサービス向上という点では良いものであるが、その反面過剰診療に陥りやすいということに注意が必要であると西村龍夫先生は警鐘を鳴らします。また「風邪」には一定の割合で悪化するリスクがあり、不確実性を念頭に置く必要性があるために、西村龍夫先生はプライマリ・ケアで使える風邪の定義として「ほぼ治癒が見込める、軽症の(入院を必要としない程度の)ウイルス性気道感染症」を提案しておられました。 誰しも経験することですが、一般的な風邪の自然経過は初期には発熱のみのことが多く、鼻汁、咳嗽が続いて出てきます。咳嗽は数週間の続くことも稀ではないそうです。これらの症状に対して、よく処方される薬は抗菌薬、鎮咳薬、去痰薬、抗ヒスタミン薬、気管支拡張薬などですが、西村龍夫先生によりますと、これらの薬は小児の風邪に対する効果はなく、投与してもメリットよりデメリットが大きいそうです。風邪の自然経過を変えることができる投薬は無い、ということです。日本では発熱、鼻汁、咳嗽などの風邪の症状が出揃う前の早期の受診が多いために、風邪の診断が曖昧になるために、医師が様々なリスク回避のために投薬する傾向があることと、保護者も咳嗽や鼻汁などの症状を軽減して欲しいと投薬を望む傾向があるそうです。子どもが風邪をひくと保護者は不安になるので、本来自然経過で治っていっているのを「薬のおかげで治った。」という思い込みを作りやすいそうです。「風邪をひくたびに薬をもらいに行かなくてはいけない。」と思わせることは、子育てのストレスを増やす結果になっており、診療の場で必要なのは投薬よりリスクマネジメントであると西村龍夫先生は指摘されました。 西村龍夫先生は医師や医療機関により方針が大きく違えば、医師と患者の信頼関係を損ない、最終的には患者の不利益になりますので、日本のプライマリ・ケアにおける風邪診療の統一見解を得たいものだと話されました。西村龍夫先生は風邪を治療することはできないが、風邪診療を通じて様々な保護者のサポートを行うことは可能であり、小児プライマリ・ケアでは風邪を治すという姿勢から保護者の子育て支援の方向へ舵を切っていくべきだと述べられました。 西村龍夫先生はにしむら小児科において、病児保育室「げんきっ子」、発達支援ルーム「みらい」、小規模認可保育所「つくし」などの事業も展開しておられます。西村龍夫先生の著書「子どもの風邪~新しい風邪診療を目指して~」の最後に次の様に記しておられました。「多くの子どもたちの健康が保たれて、保護者の方が子育てストレスから解放されればよいのですが…。わたしの望みはそれだけです。」子どもたちの対する思いを体現しておられる西村龍夫先生の熱意と行動力に感嘆いたしました。
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