みえ脊椎を語る会の特別講演2は「日常診療に役立つ腰痛疾患の診断と治療 うつ病からコンピューター支援手術まで」で講師は岡山大学大学院医歯薬学総合研究科整形外科准教授の田中雅人先生でした。 わが国はどの国も体験したことのないスピードで高齢者社会を迎えております。わが国の高齢者人口の推移は2012年には3074万人で約4人に1人(24.1%)が高齢者ですが、2050年には3人に1人が65歳以上の高齢者になると推測されています。日本人が医療機関を受診する自覚症状は平成19年の厚生労働省の調査によりますと、男性が腰痛(第1位)、肩こり(第2位)、女性が肩こり(第1位)、腰痛(第2位)です。いずれも腰痛の占める割合が高く、腰痛治療の重要性は増すばかりですね。 国際疼痛学会による痛みの定義では、痛みとは組織の実質的または潜在的障害に起因するか、または組織障害を表現する言葉で述べることのできる不快な感覚と常道体験、ということです。腰痛には常に感覚と情動という二つの側面があり、前者は感覚そのもので後者はその痛みに伴う不快感、不安、恐怖感などです。このことから田中雅人先生は、画像所見や客観的データなどの不足から患者様の疼痛の訴えを否定することの危険性を指摘しておられます。 田中雅人先生の示されたデータでは、慢性疼痛治療不満足度の理由1位は痛みがとれなかったからですが、2位は納得いく説明が受けられなかったから、3位は痛みについて理解してもらえなかったから、5位は治療者の態度が悪かったからと、かなり多くの不満の原因が医師の態度にあるということで、医師自身が改めるべき点が多々あるということでした。このことは治療者が真摯に受け止める必要があると思いました。 田中雅人先生によりますと腰痛はアラームサインであるということです。それは何をアラームしているかというと2種類の警告で、1つめは運動(仕事)しすぎで困っている体を休めてほしいという警告、2つめは腰に起こっている異常をわれわれに知らせるための警告と説明されます。成る程!、こう説明すると患者様も納得しやすいでしょうね。田中雅人先生は治療者が患者様に腰痛を安易に老化現象であるから仕方ないと説明することを戒めておられます。 腰痛の原因はほとんどが腰椎周辺に原因がありますが、内臓に原因があったり心に原因があったりもします。腰椎疾患では画像だけに頼るのではなく、症状の発現の仕方(腰椎後屈で椎間関節、腰部脊柱管狭窄症の疼痛が増悪し、腰椎前屈で椎間板の疼痛が増悪するなど)も参考にすることを田中雅人先生は強調しておられました。 田中雅人先生によりますと腰椎由来の腰痛である判断のポイントは基本的に腰椎の動きに関連する痛みであること、安静時痛・夜間痛は稀であること(腫瘍と炎症を除く)などです。腰痛の原因が思い当たらない場合や安静時にもある腰痛、不快感を伴う腰痛、腰の痛む場所がはっきりしない腰痛などは内臓が原因の腰痛が疑われます。解離性動脈瘤は生命予後にまで関わるので、内科受診が必須です。 心因性疼痛は慢性腰痛ではよく見られるようです。田中雅人先生によりますと不眠を合併することや視覚的評価スケール(Visual Analog Scale, VAS)で10/10あるいはそれ以上を示す場合などは心因性の傾向が強いようです。また腰椎疾患を主訴に独歩で整形外来を受診される患者様で高率にうつ状態が確認されたそうです。慢性的な疼痛は不安からうつ状態に移行することから、慢性的腰痛には心理的要因が発生します。田中雅人先生によりますと、器質的な痛みがないという判断は誤りで痛みに対する感受性が高いと考えられ、不安を取り除き回復に導くというカウンセリングなどのアプローチが有効であるということでした。 私は時間の関係で最後まで田中雅人先生の講演を聴くことができなかったのですが、田中雅人先生は最後に最小侵襲手術とコンピューター支援手術についても解説してくださいました。従来からの直視下手術に対して最小侵襲手術として顕微鏡下手術、内視鏡手術の技術が進んできています。田中雅人先生によりますと最小侵襲による脊椎手術は患者様には大きなメリットであるが、医師にとっては手技的に困難であること、コンピューター支援手術は患者様と医師にとって両者にメリットがあり、非常に困難な脊椎手術には不可欠であると説明しておられたようです。 田中雅人先生は大変困難な手術手技を要する症例から心因性疼痛の要素の強い症例まで、様々な腰痛疾患に対してきめ細やかに治療しておられ、とても感銘を受けました。 |