先日、第31回奈良県スポーツ医・科学研究会 奈良トレーニングセミナー2018が開催されました。特別講演Ⅰは「スポーツ現場における傷害対応・コンディショニングについて~ラグビー選手を中心として~」で演者は奈良県立医科大学保健体育教室准教授石指宏通先生と奈良県立医科大学整形外科学教室講師宗本充先生でした。
石指宏通先生は大学ラグビー選手の身体組成を調査され、CTなどを用いた調査などにより内臓脂肪、皮下脂肪量などの結果を報告されました。石指宏通先生によりますと過食、過飲、夜遅い夕食、朝食欠食、不規則な食事、早食い、運動不足、ストレスの感受などが内臓脂肪型肥満などのリスクファクターであるということです。運動選手が身体を大きくするために栄養過多に過ぎることが、栄養不足に陥ることと同様に危険であることに警鐘を鳴らす重要な指摘であると思われました。競技によっては選手がジュニア時代から過大な栄養摂取を推奨されることもあると聞きます。内臓などへの悪影響も考えますと、年齢と運動量に応じた適切な栄養摂取が重要だと思われました。
宗本充先生はラグビー日本代表帯同ドクターなどの経験から日本ラグビー協会の安全への取り組みなどについて紹介してくださいました。ラグビー憲章でも医療の立場から選手を守る”Player Welfare”(選手の福祉・健康)が掲げられているそうです。ある調査によりますと部活動などにおいて死亡事故が起こるのは中学生では柔道が最も多いそうで、高校生では柔道に次いでラグビーが多いそうです。日本ラグビー協会では安全推進講習会などを行うことにより重症傷害件数の推移は2011年から2017年にかけて着実に減少しているそうです。ワールドラグビーの推進しているHead Injury Assessment (HIA)の導入により、脳振盪受傷後の試合復帰率は2011年のワールドカップ大会では56%であったのが2015年のワールドカップ大会では4%に減少したそうです。日本でも安全対策の取り組みは、かなりの比重が脳振盪におかれているそうです。宗本充先生は脳振盪がなぜ問題となるのかとして3つの点を指摘されました。1つめは脳出血などの重度頭部外傷と判別が困難な場合があること、2つめはセカンドインパクト症候群、脳振盪後症候群などの問題、3つめは慢性脳損傷、いわゆるパンチドランカーなどの問題を挙げられました。宗本充先生によりますと日本の選手の方がチームのためにという理由で脳振盪を起こしても無理をして出場しようとする傾向があるそうで、ラグビー先進国の多くの選手は自分の身体をまず第一に考える傾向があるので無理を押してまで出場しようとはせずに脳振盪であれば受傷後に4週間はきっちり休む場合が多いそうです。アメリカンフットボール選手における調査において、脳振盪の発生率と死亡率は相関関係があったという報告があるそうです。学生ラグビー選手における調査では脳振盪の既往がある選手は、入部後も脳振盪を起こすことが多いという結果であったそうです。ラグビーワールドカップ日本大会2019に向けて、ますます脳振盪の問題も含めたPlayer Welfareが求められると思われます。
宗本充先生は最後に英国留学時に訪れた「ラグビーの聖地」と称される8万2千人収容の英国ロンドンのトゥイッケナム競技場内医務室の写真を紹介してくださいました。ベッド2台と多くの医療機器が装備されており日本の病院ではICUのベッドかと見紛うばかりの様子でした。また競技場の駐車場には救急車が配備されている様子でした。来年にはラグビーワールドカップ2019日本大会が開催される予定ですが、日本の競技場で英国と同様の環境を求められてもなかなか難しいことがあるのかもしれませんね。しかしながら関係者の方々のご尽力で、環境整備も着実に前進している様子だと思われました。
先日、名張市立病院におきまして名張市立病院地域医療教育研修センター主催の院内感染防止対策研修会が開催され、クリニック看護師と共に参加いたしました。
講演1は「クロストリジウム・ディフィシル感染症診断治療~なぜこわいのか~」で講師は名張市立病院感染症科医長今井雄一郎先生でした。
抗菌薬関連下痢症/腸炎とは抗菌薬により引き起こされる下痢/腸炎で特に有名なのは偽膜性腸炎です。今井雄一郎先生によりますと抗菌薬関連下痢症/腸炎に関連する微生物のうちクロストリジウム・ディフィシルによるものが約20%で最も多いそうです。CDI(Clostridium difficile infection クロストリジウム・ディフィシル感染症)とは腸管内において毒素産生C.difficileが腸炎や下痢症を引き起こす感染症で、下痢や偽膜はともなわないこともあるということでした。C.difficileは院内感染の原因微生物として重要で、院内アウトブレイクを起こすそうです。C.difficileが過増殖して毒素を出すとCDIになり、抗菌薬使用歴のない患者でもCDIを認めることもあるそうです。CDI発症リスク因子は抗菌薬による腸管内細菌叢の変化を初めとして、PPI、H2ブロッカー投与、ステロイド、放射線療法などによる免疫の撹乱、長期入院例や長期療養型施設入所者などの環境要因、65歳を超える年齢、複数の基礎疾患、周産期の母児、炎症性腸疾患、HIV感染、透析患者など宿主要因などがあるそうです。
今井雄一郎先生によりますと人の健康を守るには動物環境にも目を配って取り組む必要があるという”One health”という考え方があるそうです。これは「人の健康」、「動物の健康」、「環境の健康」のそれぞれは独立しておらず、その最大公約数により達成されるということがワンヘルスアプローチという概念であるようです。抗菌薬は畜産業、水産業、農業など幅広い分野で多量に使用されており、薬剤耐性菌が増加してきているそうです。環境汚染や気候温暖化など人の都合で地球環境を破壊することには危険を生じる恐れがあります。家畜の生産性を維持しつつ耐性菌の影響が人に対して及ばないようにするために、医学、獣医学、農学、水産学などの領域を超えた連携が必須であるということでした。これは社会全体でのコンセンサスが求められる重要な課題ですね。
今井雄一郎先生によりますとCDIは高齢者に多く、CDI患者やCD消化管保有者(キャリア)は施設間を移動するため、病院間のみではなく地域で連携して感染管理を実施していく必要があるということでした。転院前の医療機関でCDを獲得しようが、自施設で院内獲得しようが、その患者における治療も感染予防も同一だということです。CDIを早期に診断し適切な治療を遅滞なく開始することにより重症化や死亡を防ぐと同時に、CDIを発症した患者に対して速やかに感染対策を実行し医療施設内/施設間での感染伝播を防ぐことが肝要であるそうです。
講演2は「クロストリジウム・ディフィシル感染症感染対策~これでバッチリ~」で講師は名張市立病院感染管理認定看護師長城村裕一先生でした。城村裕一先生によりますとCDは芽胞を形成するために、熱や消毒液に抵抗性であるということです。CDは100℃でも不活性化できず、通常推奨されるアルコールを含む速乾性擦式消毒液も効果が期待できないために、液状石鹸などで洗い流すことが重要であるということでした。特に糞便を介した接触感染のために、これらを扱った後はより注意を要するということです。手袋を着用していても手洗いは必要であるということでした。
城村裕一先生によりますとCDIの感染対策のポイントは①個室収容(隔離)、②流水下手洗いの徹底、③防護具の使用、④排泄物処理の工夫と注意、⑤環境整備、⑥医療器具の取り扱いの工夫と注意、⑦リネンの取り扱いの工夫と注意、⑧患者・家族への教育と配慮などでした。大変わかりやすく、具体的に解説して下さいました。
名張市立病院では今回のように、定期的に院外の病院、診療所も含めた勉強会、講習会を開催してくれています。大変勉強になり感謝いたしております。